次の日、コアスタッフ会議があり、今週末の第2回説明会に向けての戦術を練っていた。
大手不動産会社勤務の副代表は、敷地について調べたそうである。というのも、マンションの計画地は、地主だったおばあさんが所有していたところのみであり、売ってしまった息子の家があった地続きの土地も売却していたので、その土地が何になるのか説明がない。もしかしたら、この土地を含めると面積が3000uを超えるので、開発行為を逃れるためにそうしたのではないかと思ったのだそうだ。そこで、登記簿を入手したところ、合計しても3000uには、あとわずか足りないそうである。しかし、その土地が何になるのかきちんと説明してもらわないとと息巻いていた。
他には、これといった名案は浮かばず、スタッフには、そろそろ疲れの色も見えだしていた。そこで、昨日得た地区計画の情報を伝えた。はじめは、皆、半信半疑だったが、「溺るる者はわらをも掴む」ではないが、少しでも可能性があるなら、努力しようという話になり、反対運動と並行して地区計画の準備を進めることになった。
これで一応コアスタッフに承認されたので、翌日市役所に向かう。□一刀両断
都市計画課へ行くと窓口は閑散としていた。どうやら担当者たちは出払っており、席の並び方から察すると課長と思われる気むずかしそうな男性が一人ぽつんと座っていた。
「あのーっ。都市計画提案制度の書類が欲しいんですが」というと、「面倒くさいな」と明らかにつぶやいている顔で席を立ち、カウンターのところまでやって来た。
開口一番、「都市計画提案制度の書類はどこの何に使うのですか?」と怪訝な顔で聞かれた。
「実は、私が住んでいる地域で地区計画の話が出ておりまして、我々で案を作成し、提案制度を使って早期実現を図ろうと思っているのです」と当たり障りのない回答をすると
「地区計画の具体的な内容はすでに決まっているんですか?」と突っ込まれる。
「具体的な案はこれからですが、まずは、書類を頂きたいのと手続きの流れを教えて欲しいのですが」
「これまでに事前相談はされていますか?」
「いいえ、今日が初めてです。」
「提案制度を使うとしても、我々と相談しながらしていただかないとねぇ。当市では、地区計画は条例化まで行いますので、提案制度を使っても時間的には変わらないですよ」と全然相手にしてくれない。
「ちょっと待ってくださいよ。これも事前相談でしょう。こちらは、初めてなんですから、もう少しわかりやすく説明してくれませんか。」とやや強い口調でいうと、渋々書類を出してきた。
「じゃぁ、今日が事前相談の1回目と言うことで、場所はどこですか?」
「このエリアです」と地区計画をかけようとしているエリアを示した。
「この真ん中の広い敷地はなんですか?」
「ここは、現在、マンションの建設計画が出ている敷地です」
「もしかして、このマンション建設計画に反対ということで地区計画をかけようとしているのですか?」
「そうです」しまった。マンションの反対を理由に地区計画をかけることを役所は嫌うといわれていたのについ返事をしてしまった。
「やはりそうですか、結構この手の相談は来るのですが、大体最後まで行った試しはありません。反対しているマンションが建ってしまうとそれで、すーっと話が消えてしまうんですよ。」
「いえ、私たちは、この計画に反対していますが、それだけで地区計画をかけようとしているのではありません。今後のことも視野に入れて検討しています。」
「そういわれてもねぇ。反対するマンションを囲んだ形で地区計画をかけるなんて、これまで見たことがないですよ」
「じゃぁ、これが最初の例ということで、宜しくお願いします。で、書類はいただけるのですか?」彼は、絶対に無理だという顔をして、しぶしぶ書類の説明をし出した。
「提出書類は、これだけですが、そのほかに地区内の地区計画に対する全員の同意書と土地と建物の登記簿謄本を付けて提出してください。」
「今、全員の同意書といわれましたが、同意は、2/3で良いのでは?」
「2/3では、少ないですね。当区では、100%に近い同意が必要です。」
いろいろ食い下がるも、なにせ都市計画に対して知識不足なため、切り崩せない。
すると、これ以上、素人にはつきあえないとばかりに、「当市には都市計画の専門家を派遣する制度がありますから、それを使って地元で地区計画の勉強会から始めたらいいんじゃないですか」といわれた。要するに勉強して出直してこいということである。
確かに勉強不足ではあったため、いわれたように専門家派遣の窓口を紹介してもらい、再度担当者に事情説明から行うことになった。
「地元で地区計画の話が出ていまして、先ほど都市計画課に相談に行ったところ、こちらで専門家を派遣してもらって勉強会から始めたらどうかといわれまして・・・。」と説明し始めると、こちらの担当者は、非常にフレンドリーであった。どうやらこの市では、住民との窓口はここで、軌道に乗ってきたら都市計画課と話を詰めるという流れのようである。
「事情はわかりました。では、この制度の説明をさせていただきます。当市では、市民のまちづくり活動を支援する「まちづくり専門家派遣制度」というものがあり、これは・・・・」と丁寧に説明してくれた。しかし、説明の中で「まちづくり」という言葉がたくさん使われていたことに気がついた。地区計画もまちづくりのひとつではあるが、このまちづくりという単語は役所が好んで使うようである。つまり、住民たちの行動は、すべてまちづくりの一環であるとして欲しいようだ。例えば、窓口の担当者からは、マンション反対という主旨では、専門家の派遣が難しいので、反対運動はあまり表に出さずにして欲しいといわれ、あくまでも計画されているマンションは、自分たちのまちづくりの主旨に合わないから反対していることにして欲しいようだ。
説明を聞き、派遣してもらえる専門家のリストを見せられる。リストに登録されている専門家には、知っている名前はなかったので、その場で決められないため、リストのコピーを欲しいというと、個人情報の取り扱い上、リストは見せるだけだとのこと。
では、担当者にこの案件で一番良いと思われる専門家は誰かと聞くと、窓口で一人の人に絞って紹介することは公平性が保てないためできないといわれた。そのかわりにこちらの質問には答えられるとのことで、めぼしい人を何人か指してコメントを聞いてみた。
しかし、例えば、地元の都市計画家がいいと思って聞いてみると、この人は地区計画にはあまり精通していないなどのコメントをもらい、どの人にして良いやらわからない。
とりあえず、数人の名前を記憶し、この日は、専門家派遣のパンフレットをもらい、出直すことにした。
□作戦会議
自宅に戻り、早速、地区計画を勧めてくれた友人に連絡し、事情を説明する。
「まいったよ。都市計画課に行ったらけんもほろろだったよ」
「どういうふうに?」
「こっちは、丁重に提案制度の用紙をくれといっているのに、事前相談したのかだとかどんな計画なんだとか根掘り葉掘り聞かれたよ」
「そりゃ当たり前よ。窓口が何も知らないまま、そんな書類を出されたら、上司からこっぴどく叱られるから。それよりも説明した後の反応は?」
「専門家を派遣してもらって勉強してから出直せってさ。」
「専門家を付けてくれるんだ。いいじゃないの。それよりも提案制度についてはどうだった?」
「2/3の同意じゃだめだってさ。100%近い同意書を出すんだって。」
「100%は、あり得ないけどかなり慎重ね。他には?」
「土地と建物の登記簿謄本を提出しろっていわれたよ。」
「えーっ。そんなの住民側で用意させるの?結構お金がかかるわよ。」
「そうか登記簿謄本って確か一部1000円ぐらいかかるよね」
「あのエリアの土地建物となるとかなりの数になるから数十万円必要ね」
「そんなお金、あるわけないじゃないの」
「まぁ、それは置いておいて、専門家は誰にするの?」
「ちょっと待ってよ。お金のことは置いておけないよ。やはり、提案制度を使っての速攻地区計画は無理なんじゃないの?」
「そんなことないじゃない?すでに都市計画課にも地区計画を考えている地域があるということを伝えたし、専門家も派遣してくれるんだから、話が進んだじゃないの」
「君は、かなり前向きな考え方をするね。感心するよ」
「都市計画は前向きに考えないとことが進まないのよ。そういえば、私の知り合いの町田さんがそちらの市に専門家登録していると思うんだけど」
「町田さん?登録者のリストをくれないので、めぼしい人の名前を覚えていたんだけど、その人の名前は記憶にないなぁ。それよりも君が登録して正式に専門家として手伝ってくれない?」
「それは、時間的にも無理よ。彼女なら絶対にうまくやってくれるから、大丈夫。私からも彼女に連絡してみるけど、明日窓口に電話で登録されているか確認してみてよ」
翌日、市役所に確認すると、確かに専門家登録されていることがわかった。すぐに担当者にその人を派遣してもらうようお願いし、専門家派遣の手続きも完了した。
これで、専門家の確保と地区計画の勉強会を開催できることになったが、その前に週末の第2回説明会が待ちかまえていた。果たしてどのような展開になるのだろうか?
*専門家とは
当市では、都市計画の専門家派遣制度というものがあったが、都市計画の専門家は、各地の自治体等にまちづくりコンサルタント等の名称で登録をしているようである。登録されている専門家は、それぞれの自治体より依頼を受け、業務として受けるそうだ。フィーに関しては、ほとんどボランティアに近いとのことだった。ちなみに登録に必要な資格について聞いてみたが、私のような一級建築士でも登録は可能なのだそうである。
また、都市計画の専門家の多くは、技術士(建設部門)の資格を有しており、この技術士の資格は、一説によると一級建築士の試験よりも難しいといわれている。